設立趣旨

 津波被災前、女川町の商工業は郊外型大型店等の急増により大きな打撃を受けていました。この一因は、女川町の産業が海から発展してきたために、車社会への変化に対応しきれなかったことと、原発工事関連産業へ依存することで、実店舗へ集客せずとも生計が成り立ってきたことにあります。

 水産業においては、薄利であっても卸元への原料供給を主とし、高付加価値な最終商品の製造業への転換を図ることをせずとも、生計が成り立って来ました。

 観光業においても、団体旅行から個人旅行へと旅行スタイルが時代とともに変化しているのにも関わらず、エージェントへの団体旅行誘致への依存から脱皮出来ずにいました。

 これらの要因から女川町の産業は疲弊が進む一方でありました。

 そういった状況の中で2011311日に東日本大震災による大津波が発生し女川町は壊滅的な被害を受けました。人口の一割、建物の八割が失われ、何よりも疲弊が進んでいた女川町の産業界へ大きな打撃を与えました。

 被災から1年半がたち、女川町は仮設建造物により産業界は何とか再開を果たしました。しかし、被災前の産業の状況が好転しているわけではありません。益々状況は悪化しているとも言えます。このままでは町の復興事業が完了する8年後には産業が成り立っていけなくなる危険性を伴っています。

 正の遺産とともに負の遺産も失った今こそ、真の復幸へ向け、女川町の産業の付加価値を向上させることで、最終消費者に目を向け、顧客の購買意欲喚起に繋がるような魅力ある「女川ブランド」を確立するための事業を独自に実施していく必要があります。

 女川町の産業界が被災から立ち上がっていく為には、非効率性を解消し、自主財源たる基金を生み出し、恒常的に被災地外マーケットとの競争力を高める正のサイクルをもった販路拡大策を築く必要があります。そのためには、女川町の産業のマネジメントを一括して行う会社を設立し、自主財源による効率化とルール作りを推進することで、スピーディーに日々の改善を促し、なおかつ積極的に魅力を創出する独自事業を展開していくことが、必要であると考えるに至りました。

 女川の産業界は歴史の歩みの中で各時代の要請に応え変化してきました。津波被災は不幸な出来事でしたが、これを機に産業構造の転換を図り、次代の子供達へ負担をかけることのない持続可能な循環型まちづくりを行う体制を作るために、復幸まちづくり女川合同会社を設立し、笑顔溢れる女川町を実現することを会社設立の目的とします。

201296日
復幸まちづくり女川合同会社
設立発起人一同

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